売れる漫画と面白い漫画は違う

漫画家とか、
漫画好きだ・・・という、ベテランの漫画読みの人と
話していて、「あれ?」と思うことがあります。

「売れている漫画」は、みんな「面白い漫画」だと素朴に思ってたりする。
「売れる漫画」は「良い漫画だ」と言ったりする。
この場合、言ってる本人が、版元の人間だったりするんなら納得しますが。
普通の「漫画読者」がそんなこと言ったりする。
「漫画ファンなんです!」とかいう人が
「売れない漫画は駄目な漫画」とか、頭から信じているみたいな勢いで
力説したりする。

すごい違和感を感じますね。
「売れる漫画」と「面白い漫画」は、違うだろ?
って思う。

売れる漫画ってのは、社会の中で、それが売れて、稼ぎを生み出す漫画で
「社会の中での評価」であり、「商品としての価値」とか
そういう側面で、価値が高い漫画でしょう。
売れるための条件として「面白い」という要素も大きいと思いますが、
それも「社会のなかでの面白さ」という感じが強くあって。

どういうことかっていうと、たとえば、トレンドなこととか、時流に乗った物は、
絶妙のタイミングで、目の前に出てくれば「面白い」って感じます。
たとえば、「政治漫画で、汚職疑惑大臣が追いつめられ、自殺する」みたいな
話を、今週発売号でたまたま書いていたら、
普段は、世間からハナもひっかけらなかったのに、たとえどんなに絵がヘタでも
「面白い!」と思う人は多いんじゃないでしょうか。
ワールドカップの時には、サッカー漫画が流り、
5年に一回くらい、妖怪とか怪奇とか霊体験とかの漫画が流行るとか
そういうのも、同じような話なんでしょうけど。

ネタ(素材)だけではありません。
その料理法にも、トレンドな要素はあって、
70年代のスポーツ漫画は「不器用な主人公が、ものすごい努力をして、
試合に勝っていく」という、努力万能主義、がんばれば必ずむくわれる・・・
みたいなスジが流行してました。

いまは、そんなの「時代遅れ」と言われます。
「有名選手の子供が、自分でも気づかなかった、親から受け継いだ才能にめざめ、
少しの努力で、才能全開、鮮やかに勝って勝って勝ちまくる」のが
よろしい・・・とか言われます。試合に勝つときの「爽快感」を連発するのがトレンド。

で、こういうスジのほうが「売れる」ってことになってます。

絵の側面にも「売れる漫画」ってのはあって、
かんたんに言えば、「いま売れている、ヨソの漫画そっくりな絵」が「売れる漫画」って
ことです。例なんか、あげるだけ野暮ですよね。

線にもトレンドがあって、ここ20年くらいは、軽くて細くて正確な線が「売れる系」。
で、それだけだと、画面が真っ白になるので、スクリーントーンを
貼りまくって、奥行きや厚みを出すのがトレンド。
そういう絵を書かないと、版元にまず、ハネられました。

でも、ま、ここ5年くらい前から、もっと多様性が出てきましたが。

キャラクターにも「売れる系」はありますよね。
最近のは、そうですね、いろんなタイプの「いい男」「いい女」が
5.6人勢揃いしてて、読者がその中から「好みのタイプ」を
チョイスできるような・・・SMAPだかモームスだか、興味ないから
良く知りませんが、そういう「よりどりみどりキャラ設定」が、いまの「売れる系」。

「主人公」がドカーンといて、ワキに女の子、コメディリリーフのチビ・・・
なんてのは「時代遅れ」と言われますね。「売れない」って言われやすい。

説明すると、わかってもらえたと思いますけど、
「売れる」ということは「時代と寝ること」なんですね。その要素がほとんど。

いっぽう、
「面白い」というのは、「売れる」と違って、もっと、読者の中の問題で、
個人的なこと。

「全然売れていないし、誰もいいと言ってくれないけど、俺は、この漫画面白いと思う」
って、いいたくなるような漫画って、ありますよね。
そういうのを想像していただくと、すぐわかると思う。

「面白い」というのは、個人的な評価ですから、
なかなか簡単に説明できません。

たとえば、育児漫画とかは、いま、赤ちゃんを育てているママさんが読めば、
「そう、そう、そうなのよ〜」と、共感できて、面白いと思うでしょう。
でも、10歳の子供が読んだら、面白くもなんともない。
犬猫の漫画も、動物が嫌いな人が読んだら、不愉快にすら思うかもしれない。
コンピュータ関連の4コマなんて、パソコン通じゃないと、そもそも理解できない。
失恋したばかりのひとには、同じような境遇の主人公の漫画に
泣けたりします。恋愛のはじめでウキウキな人には、ドキドキ少女漫画が
大傑作に思える。

つまり、
「僕が面白いと思っても、君にはつまらないかもしれない」
そういうことって、よくあります。

で、すぐ、
こういう話をしていると、
「面白いかどうかは、人それぞれ。個人の問題。
すなわち、『面白いかつまらないか』とか言う事自体、
評価の基準にならない。基準になるのは、売れた数字、儲かった数字」
とか、わかりやすくて、頭の悪い話になっちゃうんですが、
それも、どうかと思う。

なぜなら、「育児漫画」というジャンルのなかにも
「面白いもの」と「どうでもいいもの」「つまんないもの」「読みたくないもの」
は、ちゃんとあって、
「ちやんと面白い育児漫画」には、育児していない人にも、ある程度通じる
「普遍的な面白さ」があったりするからです。

「ちゃんと面白い」ということはどういうことか。
簡単にいうと、まず、
「読めば、作者が何を言いたいのか、何が書きたいのかわかる」こと。

書き手と読者の間に「暗黙の了解」が多すぎると、
門外漢には理解できなくなります。
「暗黙の了解」は、ある程度、必要です。説明しなくてもわかることは多い。
書き手と読者の距離を縮める効果もありますし。
でも、「暗黙の了解」だらけだと、
「知らない人間」にとっては、目の前で内緒話を外国語でペラペラやられてるようで
頭にくるだけです。

話のスジがヨタヨタで、16ページの漫画で
14ページになって、「ああ、この主人公はこういうことがやりたかったのか」
と、やっとわかるような漫画は、面白くない。
もっと、ひどいのになると「主人公になんの目的もなく、アイデアもなく、
漫画のコマがただ並んでるだけ」のような漫画とか・・・面白くない。
こういうのを「面白くない」と評価して
「それは好みの問題だから」とか言うのは、気の狂ったような話です。

とにかく「わかりやすい」のが「面白くなる条件」。

で、「キャラクターが生き生きしている」ことも大切。
みんなが感じる、漫画の面白さの半分以上は「キャラクター」なんです。
ここは、小池一夫先生が言ってることが、全く正しい。

キャラクターは、ことさら目新しくなくてもいいかもしれません。
類型的で、どこかで見たなあ・・・くらいのほうが、
パッとみただけで「これは勇者だろう」とか「ゴマスリ男だ」とか
すぐわかるので、読者にとってもわかりやすい。
そんなことより、キャラクターが「生き生きして見える」ことのほうが大切。
「台詞」・・・とくに「リアクション」が重要。「ポーズ」とか「動き」とかも大切。
まあ、「 キャラがなにをやるか」の部分が「生き生きと」に大きく関わります。
何人かのキャラクターの人間関係、アンサンブルも「生き生きと」に、
つながってくる。

あとは、「ほー」と、思えるアイデアがあれば、文句なし。

この「分かりやすい」「生き生きしたキャラ」「アイデア」が
ちゃんと漫画になっていれば、
その漫画は、たいてい「ちゃんと面白い」です。

ギャグマンガとか、4コマなんてのは、またちょっと違うんですが。
ストーリーものは、だいたいこんな感じ。
これは、ページ数が多くても、短くてもかわらない。

ただ、もちろん、こういう話には例外が山ほどあって、
「めちゃくちゃなのに面白い」
「書いてる作者が異常だから面白い」
「おそろしくつまらなくて、ダメなところが面白い」とかいうのも、
実はたくさんある。

で、話は戻るんですが、
「面白い・・・というのは、個人的なものなんですが、面白さ・・・というものも
ある程度、説明できて、再現性のある・・・理論だった側面がある」
という話がしたいわけです。

「面白いなんていうのは、個人的な話だから、語る事自体、素人の感想めいていて
あんまり意味のあることではない」とか言いたがる
半可通が、漫画周辺には多いので、それがすごく嫌なんですね。僕は。

さて、話はさらに戻って。
「面白い漫画」が「売れる漫画」であれば、こんなにわかりやすくて
結構な話はないんですが、
実際のところ、そんなに簡単な話じゃないです。

「面白い漫画」も、ちゃんとそれを喜んでくれる読者のところに届いて
読んでもらわないと「面白い」と思ってもらえない。
つまり「売れない」。

つまんない漫画でも、ゲームとかオモチャ、アニメでメディアミックスして、
大騒ぎして、なんとなくムーブメントを作り出せば
「売れる」ことは多い。
「売れてる」と、「あれは面白いのかな」と勘違いして、また売れ、
あんまり難しいことは考えたくない読者は
「売れてる=面白い」というふうに、世の流れにドッと流されて
「面白い、面白い!」とか、勘違いは蔓延し、
数の上では、商売としては「それが正しい」って、ことになる。

でも、それは勘違いで、
「売れる」と「面白い」は、全然違うことなんです。
(漫画だけでなく、映画でも、音楽でも、演劇でもそうなんでしょうが)

ところが、これを一緒にしている人が、物凄く多い。
版元の編集者の半分以上が勘違いしてます。
漫画ファンだ・・・という読者も、かなりの割合で一緒にしてる。
何が、頭痛いかというと、
そう言った人たちは、自分たちが正しいと信じていまして、
それは無知とか、勉強がたりないことが原因なのに、
それを恥じるばかりか、これが正しい、なんでお前はそう思わないんだ?
とか、こっちに説教したりしてくるのが、タマラナイ。

過去に、漫画雑誌に配属されてきたばかりの新人編集者に
「売れる漫画って、どんなのでしょう?」とか
雑談をもちかけられ、流れの上で、しかたなく、
今のようなことを説明したことがあるんですが・・・・。

「ヘ〜〜! 
売れる漫画と面白い漫画は違うんですか?
知りませんでしたあ〜〜〜! 
へっ! そんな話は、編集部で聞いたこともありませんね!」
みたいな、挑発的な態度をとられ、
ぶんなぐりそうになりました。

若い漫画家見習いみたいな人にも、最近、
「売れる漫画って、どんなのでしょう?」とか聞かれ、
「そんなの、よくわかんないよ、陳腐な状況判断ならできるけど。
そんなもとより、自分が書きたい漫画を、より面白く書けるように
努力したら?」って、言いましたが、
わかってくれてるのでしょうか。

漫画学校の先生の話を聞いてても、
「売れる漫画」と「面白い漫画」を、どこまで切り分けて考えてるのか
疑問に思うことがあります。

「売れる漫画かどうか」は、商売人である編集者が
トレンドなことにアンテナをはり、いろいろ考えることで、
商売の現場で発生する事実。それに従うかどうかは
漫画家の、職業としての判断でしょう。

勉強したり、教えたりできるのは「面白い漫画を書くための基本」で、
それが、そのまま「現代漫画雑誌の現場」に通用するかというと、
それは通用しないでしょう。
今ふうにアレンジされ、編集者に売り出されないと、通用しない。

でも、勉強って、そういうもので、
学校で真面目に勉強したことが、そのまま社会で通用することなんてない。
教えられることは、伝統的で、古くさい、「基本」だけだと思います。
どういう種類の学校でも。

それが、学校の先生から「売れる漫画」「商売になる漫画」「ビジネス」
なんて言葉が出てくると、
それは「漫画編集者の学校」で教えることなのでは?
とか、思ってしまいます。

なかなか難しい。
そのうち、また考えます。
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by uorya_0hashi | 2007-05-31 12:36 | 漫画関連
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