赤塚不二夫なのだ

2008.04.08に、某SNSで書いた日記の再録です。
この1週間くらい前に、
NHK BSハイビジョンで、特集番組「赤塚不二夫なのだ」は放送され、
5月30日に、地上波の総合で、短縮バージョンが放送されました。
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ハイビジョン特集「赤塚不二夫なのだ」を見ました。
D-VHSで録画していたんです。

まだ、見てなくて、
今後、地上波とかで見るつもりのひとは
以下、読まないほうがいいです。長いし。忠告します。



天下のNHKで2時間ちかい特集番組なので、
おもわず期待してみましたが、
「やはり」というか、
期待したわりには、ヘナヘナな番組でした。

まあ、想定視聴者は、
むかし、子供の頃「シェ〜!」とかやったなあ・・・とか、
ニャロメとかケムンパス、今でも、ソラで書けますという、
普通の、そこらにいるオジサンオバサンなんだろうから、
「そんなもんだろうな」ですけれど。

収穫だったのは、赤塚先生の最初の奥さんが、
番組に出て来て、結構、豪快にしゃべっていたこと。初めて見た。
なかなかのヒトでした。
赤塚先生が、あの奥さんに「依存していた」ことが
スンナリ想像出来る感じ。

ただ、それ以降の女性関係については、
NHKが配慮したのか、イマイチ曖昧なまま、ケムにまいてました。

尊敬する長谷先生は「僕は赤塚先生に惚れたんだよ! 男として」とか
熱く語っていました。迫力ありましたよ。

伝説の「アイデア会議」のもようも、臨場感ある感じに
証言されていた。
アイデア会議では、長谷先生がインテリの役割。左脳を司る役割。
古谷先生が・・・なんだろうな、多分その逆で、右脳的、直感的な役割。
赤塚先生が、真ん中で、アイデアのとりまとめ役というか、
バラバラのアイデアを読者ウケするよう「編む」役だったのでしょう。
番組では、そう言い切ってなかったけど、
そんな感じを受けました。
三人でひとつの巨大な脳みそだったんでしょうね。スゴイわ。
まさにマジック。この三人が歯こぼれして、バランスがおかしくなって、
魔法が失われたのかもしれません。よくわかんないけど。
たぶん、編集者は、要望を出すだけだったんだろうな・・・と思います。
アイデア会議の、見張り役というか、オブザーバー。名誉職。

伝説のアイデア会議とは、まさにその後の経営理論とかでも
よく言われるブレーンストーミング。
ハリウッドでは、昔から、ギャグマンによるギャグ会議というのが
あったらしいですが、それと、ほとんど同じですね。

これ、マネしてやってみると、なかなか難しいですよ。
昔、やったことがあるんです。僕も。

参加メンバーの基礎体力というか、基本の教養、知識。
これがないと、文殊の知恵にならず、「馬鹿は束になっても馬鹿」となる。

なんとなくの、性格的役絵割り分担。個性のアンサンブル。漫才的センス。

必ず、空気をぶちこわすような、つまんない発言をするやつが
いるはず(たいてい編集者)なんだけど、それを、さりげなくかわすとか、
そういうつまんないアイデアも突破口に使うような逆転の発想とか。
マイナスもプラスにする節操のなさ・・・なんかそんなもん。

メンバーの誰かが、明るくて、全体をポジティブな雰囲気に
もっていけるような ムードメーカーでないと、うまくいかない。

おちょくる、からかう、イジメる・・・というマイナス方面のものも
笑ってすませることができる、ツーカーの「良い人間関係」が基本。

アイデアをお話に編むことができる人間が、ひとりはいないと話にならない。

そんな感じですね。
まだまだ「関門」はあるんだけどさ。
とにかく、なかなかうまくいかない。
うまくいったときが、「魔法のアンサンブル」の状態。

このアイデア会議がフル回転して、30人かでよってたかって、
全盛期のフジオプロは、1日で3本の漫画を上げたそうな。
気が狂ってる。
そんなことするから、その無理がたたって、アル中になるんだろ。

アル中と言えば。
赤塚先生の、おそ松くん、バカボン、ア太郎、レッツラ・ゴン
あたりまでの「天下無敵状態」のあと、
テレビだの文化人だのに急接近して、女と酒でグチャグチャになって、
漫画のほうも「昔からの忠実なファンを悲しませる感じ」に
なるんだけど・・・・
この番組では、そこらへん、
意図的なのか、ちゃんと触れられてない。

赤塚先生が、ず〜っと、連続的に、神懸かり的に天才ギャグ漫画家で、
お酒のせいで、突然倒れた・・・・みたいにも
感じられるような番組になってました。

まあ、闘病しておられる先生の状態を考慮して・・・
つう、ことなんだろうけど・・・
イイカゲンな番組だなあ・・・という感じは否めない。ごまかしてる。

とりいかずよし先生が、
「赤塚先生は、天才漫画家と、ただのアル中エロ親父の二つの人生を
歩んだんですよ!」とか、そんなようなこと言ってましたが、
番組では「メタメタな赤塚先生」にちゃんと触れてないので、
おかしなことになってました。アル中エロ親父が実感できないから。

赤塚基礎知識を知ってる人が見れば、そこらへんは、周知のことなので、
あんまりどうこう思わないんですが、それでも、なんか変ですね。

インタビューに応じた人の発言も、
都合のいいとこだけ、残してあるんだろうなあ。
「なんだよ。あんだけ話して、ここだけかよ!」って
感じなんじゃないでしょうか。当てずっぽうだけど。

タモリも、あんだけ世話になってたんだから、
NHKの特別番組なんだし、出て、なんかしゃべってやればいいのに。
いろいろあるんだろうなあ。
そもそも、先生がタモリの面倒みてた・・・ことすら、
ボーッと見てるとわかんないかもしれない。

あと、番組自体をマニアックな方向に持って行きたくなかったのか、
漫画評論家、漫画研究者が登場しない。
NHKには「マンガ夜話」の、濃いメンツだって繋がりがあるんだし、
とことん石ノ森で、影の進行役になってた唐沢先生とか、
その弟の、現代版赤塚不二夫のなおき先生とか、
竹熊先生とか、マニアックだけど、テレビに出ても面白い・・・
つう人が、いっぱいいるだろうになあ。

みうらじゅん、しりあがり寿、喜国雅彦の居酒屋対談も、
「おお!」という、すごいメンツなのに、どうでもいい話をしている・・・
つうか、どうでもいいトコロだけ放送しただろ!
というような、「全体的に思い出話」みたいな感じに・・・。
まあ、テレビだからな。何度もいうけど、こんなもんかもね。

漫画研究者が出て来ないかわりに、
三人の大学教授が出て来て、赤塚漫画について、
ムリヤリ学術的に語る。30分くらい。
ここが恐ろしくかったるい。時間の無駄。
大学教授の人選が良くないんだと思う。
バカ田大学の先生より、バカなんじゃないか・・・というふうに見えた。
くだらないことを、もっともらしく、それらしく語るが、
全然とんちんかん。
「馬鹿、そんなの、アメリカ映画のパクリだろ」とかいうのもあるし、
めんどくさくて、全然表情つけてない顔に「この表情、天才的です」とか、
無理矢理褒めるな!
痛いくらいでした。たぶん、本人も、出たの、後悔してるよ。

赤塚ファンだ! という松尾スズキさんが絵コンテ書いた、
新作のニャロメのアニメも放送。本当に好きなんだなと、よくわかり、
わりと楽しめましたが、失われた昭和の時間を寂しがるような内容
ですから、見ていて、やはり寂しい。
キャラクタービジネスで大成功して大金持ちになったニャロメに
子供のころからファンでしたという松尾さんがインタビューすんの。
アニメの中で。
でも、アニメなのに、しゃべってばっかり・・・つうのもなあ。しんどい。
題材が題材だし、しょうがないのかな。

ギャグ漫画の番組なのに、寂しくするとは!

「赤塚先生、まだ生きてるんダスか?」
「とっくに死んだと思っていたのココロ。」
「しぶといヤツニャロメ!」
「さっさとあの世にいって、アッチで楽しくやってほしいものダヨ〜ン」
「こいつが死んだら、あとは、ワシたちで勝手にやって、大儲けするのだ。
赤塚先生、だから、安心して死ぬのだ。」
「だいたい、この番組だって、追悼特集のつもりで企画したのに、
いつまでも生きてるから、中途半端に放送することになったんだろ。
迷惑な話だ。実際のところ。この際、本官が一思いに撃ち殺してやろうか」
「そんなの弾がもったいないざんす。おい、チビ太、身ぐるみはいで、
このまま、さっさと火葬場で焼くざんす」
「ケケッ。ガソリン持って来たよ!」「死神デ〜スを早く呼ぶべし。」
とかやって、大騒ぎ。

で、赤塚先生が、「いいかげんにしろ!」とか、
火だるまのゾンビみたいになって蘇る・・・とか
そんくらい、不謹慎なほうが良かったのにな。景気がよくて。

まあ、NHKじゃ無理に決まってるけど。

つうことで、
「赤塚不二夫なのだ」は、良識ある
普通のおじさん、おばさん向けの番組でした。
マニアが見て、面白い! 貴重だ! つうとこも、ありましたが。

・・・・・
NHK、最近、こんなんばっかやねえ。
今日も「ウルトラマン夜話」とかいうの、やるみたいだしな。
夜話シリーズは「濃いほう」だから、面白いかもしれないね。

そんなのやるくらいなら、「WOO」と「怪奇大作戦の新作」の
ハイビジョン再放送やってほしいんだけどな。




Fさん------------------------------------------------- 2008年04月03日 22:35

>「赤塚先生、まだ生きてんのか。とっくに死んだと思っていたよ。」
以下のくだり、脳内でキャラボイス付きで再生されちゃいましたよ(笑)。
いろんな意味で不可能だけど見てェ〜!


今日立ち読みした『少年サンデー』で、
古谷先生が「ダメおやじ」の立ち上げ時のことを描いていて、
実は第一話のコンテは赤塚先生の手になるモノだったと証言されてましたが、
やはり初期「ダメおやじ」のアナーキーさは赤塚先生の味で、
中盤以降のソフト路線こそ古谷先生の個性だったんだなと、
そのアイデア会議の話とも合わせて、改めて納得です。

Gさん------------------------------------------------------- 2008年04月03日 23:00

>レッツラ・ゴン
○○のピザで回収になったのはコレでしたっけ?
ジャストコミックあたりだったような気もしますが
うろ覚え(^^;;;;;

N先生-------------------------------------------------------- 2008年04月03日 23:05

まだ、ぼくは見ていないんですよ。
ディレクターの方は、やけに細かい部分にも気を使っていましたね。

ただ学者風評論家(斉藤環さんか?)などの論議で
やってしまうと、赤塚のハチャメチャな暴れ具合が
整理され過ぎることになっちゃって〜って感じですかね。

ぼくは、アイデア会議についての証言を
盛んに聞かれましたよ。
3時間も!録画しています。
ですから、整理カットまとめをやっているうちに
だんだん、真っ当な感じに編集されてしまうんでしょう。

まあ、NHK体質の中で、作家の秘密を探る〜というのは
困難でしょうね。
盛りだくさんにせず、じっくり、話しているところを
見せれば、案外いい感じかもしれないのに、
半年以上かけて、企画や取材を繰り返していたんですから
こまごましてしまうんだと思います。

アイデア会議って、おっしゃるように、なかなかむずかしいんですよ。
ただ、赤塚が昭和10年、古谷11年、ぼく12年で、
3人共に、手塚ファン。
赤塚ボクは、映画はほとんど同じものを観ています。
(評価が違うんですけれど、お互いのその相違が許し合える)

そこに、古谷さんの、無口系が、じっと聞き入って、
なにか感じることがあると、ズバリ言ってくれるので
一本調子に話しが転がり過ぎないんですね。

この3人に対し、編集者は一世代若いわけです。
で、古く流れるようでしたら、ちょっとアイデアを出すかたちで
<新しさ>を投げてくれた。

あとは、読者反響の情報提供者でもある。
これも、ただ報告ではなくて、自分のセンスで
言ってくれるので、各誌の違いが出てきます。

若いフジオプロのスタッフがここに割って入れない〜
というのが、ひとつの「ギャグの限界」でしょうね。

赤塚自身は案外「保守的」で用心深いというか、
ぼくなんかにしても「古い」と感じていましたから。
ただ、ぼくの提案には、実績がついていましたから
なんかイヤだけれど、やってみるか〜ってネームを
入れちゃうんですね。

その作品の評判のよさは、担当者が告げてくれるんで、
じゃあ、今度もそんな感じで〜と、自分のギャグの
ように吸収していったんです。

プロデュース能力が、どんどん付いていったことが
長期の人気を維持出来たことに繋がっています。
北見けんいちは「文春」のプランで、結構いい役を
つとめてくれた。

古谷氏が抜けても、そうあせらずに済んだわけです。
でも彼が居ないぼくと赤塚ということになると、
これが、けっこうダメだった。

というのは、彼がぼくに対しては
わがままに振る舞える相手だったからです。
酒を飲みたいアル中状態の時期に
それが顕著になった。

仕事なんか半分どうでもいいわけ。
「長谷、もうアイデア出来てる」なんて言って
先週ボツにした案をネームにしていたんです。

ここで担当さんが「先生ダメですっ!!」と
言えるか言えないか…なんですよ。
でも、最後まで武居記者が来ていたわけでは
ないってことで、新人はけっこうどうでもいいや!
みたいな人だって居たわけです。

思い返すと、つらい、きびしいことも多いです。
でもNHKには喋れないし、喋ってもカットでしょう。

石ノ森特番は、もっと平凡な注文だったんで
出演を断った。
適当に知っている人が、いかにも知ってる風が
いいんでしょうから…。

たった1分に1時間録画なんてゴメンですよ。
役者じゃあるまいしね。
BS「お宝TV」の収録で、もう結構!と
思いましたもん。

TVに出りゃいいってことはないんですよ。
そんな時代は終わったと思う。
赤塚だったんで、一生懸命にしゃべっただけでした。

Kさん------------------------------------------------- 2008年04月03日 23:08

私の中では、赤塚不二夫は昭和44年で死んだなぁ。

サンデーの「おそ松くん」終了、マガジンの「天才バカボン」第一期で。

赤塚さんの最高傑作は「バカボン」ではなく、「おそ松くん」だと思う。
それも昭和41、2年の作品が最高。
「もーれつア太郎」とか後期の「バカボン」は好きになれなかった。

Pさん-------------------------------------------------- 2008年04月03日 23:48

赤塚先生は一応、ご存命なので、あまりムチャも言えないでしょうね。

 僕は赤塚門下(?)では「あだち勉」氏に興味があるんですが、
その話も無かったなぁ。
 そもそも勉漫画が、全然単行本になってないし。
偶に掲載誌を見つける事はあるんですが…当時の雑誌での評価が謎だ。

うおりゃー----------------------------------------------- 2008年04月04日 00:45

>Fさん

んがははは。面白い? そりゃよかった。

ダメおやじはねー。
最初から、後期の路線だったら、すぐ連載終了でしょう。
最初にサディステックにやったから、目立って、センセーションで、
続いた。
でも、最初のほう、ヒデェだけで、あんまり笑えないんだよね。

うおりゃー-------------------------------------------- 2008年04月04日 01:27

>N先生

そうだったんですか。まだ見ておられない? 
なんか悪い事しました。すみません。

アイデア会議の、右脳左脳とかいうくだりは、
僕がテキトーなこと書いてます。
イイカゲンなことを書いておけば、
先生が、より詳しく、正しく、証言してくれるんじゃないかと思いまして。

おかげで、ものすごく貴重なお話を書いていただき、
大感謝です。ありがとうございます。
NHKの番組そのものより、貴重だと思います。

なるほど、古谷先生は無口系の一言居士ですか。さもありなん。
番組には、たしか、出て来なかったように思います。
北見先生と、とりい先生は出てました。高井先生も出てた。
あと、A先生と、ちば先生、山根あおおに先生も出てた。
あとは誰だっけかな。

>赤塚自身は案外「保守的」で用心深い
>古く流れるようでしたら、ちょっとアイデアを出すかたちで
<新しさ>を投げてくれた。
>ぼくの提案には、実績がついていましたから
>なんかイヤだけれど、やってみるか〜
>プロデュース能力が、どんどん付いていった

ここらへんが、重要なんですね。
プロデューサーなんですね。なるほど。

赤塚先生の初期の漫画・・・少女漫画とか、ナマちゃんとかと
レッツラゴンとじゃ、天と地ほど違いますから。
信じられないくらいに。

あれは、
自分の中から出すだけじゃない・・・他人から出させて作る
ということが、うまいということなんですね。

おそ松くんとか、バカボンの最初のほう、ア太郎あたりは、
過激なアイデアが、「泣き」とか「浪花節」とか「母もの」みたいな
通俗的なお話にからまってて、
いかにも、子供ウケしそうな感じでした。
そこらへんが、赤塚先生の、本来の持ち味なのかもしれません。

どんどんナンセンスに、メチャクチャになっていくのは、
やぶれかぶれというか、ノリで書いて行くというか、忙しすぎて、
すてばちでヤケクソな感じが起こした奇跡のような感じもします。

>北見けんいちは「文春」のプランで、結構いい役

ギャグゲリラですか。あれもなんかスゴかったです。おかしかった。
オカマだらけというか。とにかく下ネタが。
最初の方、すごいパワーでした。
毎回「恐怖のナントカ人間」が出て来て、その個性でゴリゴリと押し切る。
目玉のおまわりさんがやたらに活躍してたような・・・。

>彼がぼくに対しては わがままに振る舞える相手
>新人はけっこうどうでもいいや! みたいな人

ここが不幸だったんですね。
武居記者は、本当に「駄目、つまんない」と言える、
ちゃんとした編集さんだったんですね。
テレビ見てると、わりとつまんないこと言ってる感じでしたが。
武居記者の本も読んでみます。こんど。

>赤塚だったんで、一生懸命にしゃべっただけでした。

いや、本当に。番組見ると分かりますが、
浮いているくらい、N先生が熱かったですよ!

あと、そうそう、この番組では、
石森先生と赤塚先生の間柄とか、墨汁一滴とか、
工場で力仕事してた赤塚先生の話とか、
トキワ荘以前の話とかもほとんど有りませんでした。
あれも、なんか変でしたね。
まあ、伝記番組じゃないから、あんなものなのかな。
でも、石森先生とか長谷先生とかとの、長い付き合いをはしょるのは
どうかと思いますね。だめじゃん、NHK。

先生、とにかく、コメントありがとうございました。
僕らファンの、まちがった思い込みとかをただすため、
これからも折にふれ、いろいろ証言してください!
よろしくお願いします!

うおりゃー------------------------------------------------2008年04月04日 01:41

>Kさん

へえ、じゃあ、Kさんは、
赤塚漫画に、ちゃんとストーリー・・・「泣き」とか「人情」が
あった時代が好きなんだね。なるほど。
僕も、ああいうの、大好きですよ!

で、バカボンがアニメになったころから、どんどん変わるからね。
そのころから、
馬鹿とか気違いが、インフレみたいに出てくるようになるから。

で、山田一郎改名事件とかで、なんか全然違うものになる。
「メタ漫画」が、普通の状態の、いわゆる実験漫画時代。

僕は、あの、どんどん変わるのが「ものすごいなあ」と思って、
ますます信者になったクチです。
「なんでもあり」に、心酔した。あっちも大好きです。
信者ですからね。結構、あとのほうまでちゃんと付き合いましたよ。
どんどん、涙が出そうな感じになるんですが。

ただ、僕も、赤塚先生の「子供むきの漫画」が好きでした。
基本的には。

うおりゃー---------------------------------------------- 2008年04月04日 01:47

>Gさん

回収さわぎになったのは、
80年代入って、光文社のアメコミとかも載ってた
ポップコーンという雑誌の「キャスター」とかいう漫画ですよ。
梨本みたいな顔した芸能レポーターが主人公で、
あんまり面白くなかったな。
メチャクチャのやりすぎに、あんまりお膳立てがなくて、
唐突な感じがある漫画でした。
たしか、あの号、いまでも持ってるよ。
ポップコーンは、発売日に買ってたから、ちゃんと買えました。
アメコミが読みたくて、買ってたんだけど。

うおりゃー------------------------------------------------ 2008年04月04日 02:06

>Pさん

あだちつとむ先生ね。何年か前に亡くなられた。
あだちつとむ先生の書かれた
「あだち充物語」という単行本は、持ってるよ。
コレはわりと有名。古本漫画マニアなら、探して、持ってる場合が多い。

内容は・・・
弟は、俺の真似して漫画を書くようになったが、
最初から、全然、俺よりうまかった。頭にくるくらいだ。
で・・・なんだかんだあって、俺は、弟のマネージャーになりました。
文句あるか! 俺は、天下のあだち充の兄貴だぞ。偉いんだ、バカヤロ。

・・・みたいな自虐的実録漫画。これは、かなりおもしろい。傑作。

学研の「コース」だか、旺文社の「時代」だか、忘れたけど
「2軍の3ちゃん」とかいう、ダメな野球部員(プロだったか?)
のギャグ漫画も長年連載してました。
こっちは、かなり古くさいギャグで、むかしの正統赤塚調。
絵は、凄く丁寧。丁寧すぎて、真面目すぎて、笑えない感じでしたね。

で、83か84年あたりで、新所沢かどこかに
ペンシルビル型の「漫画専門書店」を開店するんだよな。
そこも、いっぺん、行ったことあるな。

80年代は「漫画専門書店」ありましたね。いろいろと。
みんなつぶれたけど。

単行本は・・・もう1.2冊出てたような気もする。
すごくマイナーな版元から。全然覚えていないけど。

N先生----------------------------------------------- 2008年04月04日 19:50

>うおりゃー様
今日、NHKからDVDが到着!(笑)
見ました。
ぼくって「浮いて」ましたね。
でもこれでいいや〜とか、なんとかいっときましょう。
(そいう自分を知ってるんで、石ノ森の特番断ったんです)

でもトキワ荘での、彼と赤塚の関係!
非常に重要なんですね。それが残念。

それと貴兄がおっしゃるように、大学の先生〜つまんないつまんない。
あんな風に何か「解説」つけないと〜という作業というかセンス。
どうにかして欲しいですね。

松尾スズキの部分も、つまんなかった。
ニャロメと本物の松尾が、叫び合えばいいのに…。
解説されていたように、スタッフは「言葉」が
敗れるのがコワイコワイ〜ってわけですよ。

ステージショウで遊んだ話しも面白いんですが、
画像が無いし、こりゃ説明が難しいと思います。

部外者の方が、人物像を完璧に表現することの
むずかしさ…。仕方がないですね。

Kさん-----------------------------------------------------2008年04月04日 20:00

>赤塚漫画に、ちゃんとストーリー・・・「泣き」とか「人情」が
あった時代が好きなんだね。

いや、まぁ、それほどムキになって否定することでもないけれど(苦笑)、
昭和41〜42年頃の「おそ松くん」は時に人情話、
(捨て子を育てるチビ太とか「街の灯」を題材にした「イヤミはひとり風の中」)も
好きだけれど、基本的に元気でヤンチャなチビ太、
どこまでもずるくて、セコいイヤミが出てくる「おそ松くん」が好きですね。

「泣き」とか「人情」、そして「下町」が濃いのは「もーれつア太郎」でしょ?
これがあまり好きではなかった。
それと、いつも思うのは、「ア太郎」ってサンデーではなく
マガジンで載るべき漫画だったと。
「親なし」「下町」「人情」「健気に生きる」「親分、子分の世界」、
当時のマガジンにピッタリだとおもったんだが、
反面「バカボン」のドライさはサンデー向きだったと感じた。

で、後期の「ア太郎」って、人情に「後期バカボンのナンセンスさ」が加わって、
ますます読めなくなった。

N先生------------------------------------------------- 2008年04月05日 00:15

>『キャスター』
 あれは確か、喰始さんのシナリオです。(かなり異色のアイデア!)
 彼は赤塚の『レッツラゴン』派ですね。(選集1冊を編集したりした。)
 現在はワハハ本舗社長。
 当時は、佐藤B作とか、若い小劇団に台本提供。
 彼は、すごいマンガ本コレクターです。

 赤塚は基本的にはキートンよりチャップリン大好き人間ですね。
 超ナンセンスがいいと言い出したのは
 やるネタが無くなってしまってから〜というのが、ぼくの認識。

うおりゃー-------------------------------------------- 2008年04月05日 00:24

>N先生

やはり!
先生もご覧になって、ほとんど同じ感想。
そうですよねー。

番組を作る立場になると、いろいろ難しいんだろうなあ・・・
とは、思うんですが、
N先生の書かれた本をはじめ、
関連資料もあるんだから、ちゃんとそれ読んで、
「大事なところは押さえる」とか、やって欲しかったなあ
と、思いました。

石森先生のことは石森先生の番組で。
赤塚先生のことは赤塚先生だけ。
関係してる遺族とか、お子さんとかが
権利を主張して、ややこしくならないように・・・とか
配慮でもあるんでしょうか。
どうも、よくわからない。なんで、大切な部分をはしょるのか?

アル中になって、落日ムードになるくだりについては、
懐かし番組として、盛り下がるから、テキトーにごまかそう・・・
そういうのは、わかるんですけれど。

N先生の「熱さ」は、確かに浮いてましたが、
赤塚先生との間柄や、事情を多少でも知ってる漫画ファンなら
「おお。さすが。すごく納得出来る!」と、うなづくはずですから、
いいと思います。

N先生のボルテージが、
A先生とか、ちば先生とか、あるいは、みうらじゅんとかと同じだったら、
けっこう悲しかったかもしれません。
あの熱さ、言葉のパワー。本物の本物。
そう感じた漫画ファンも多いはずです!

というわけで、見てないひとは、
そのうち地上波で、必ずやるので、必ず見るべし。
みどころは、ちゃんとありますから。

うおりゃー---------------------------------------- 2008年04月05日 01:05

>Kさん

そうですね。ア太郎は、もう、義理と人情の浪花節ですね。
おそ松くんは、おっしゃるように、チャップリンとか、
キートンとか・・・サイレント映画とか、
スクリューボールコメディとか、もっとバタ臭いものですね。
人情というより、人間愛とか、なんかそんな言い方がいいかもしれません。

N先生が証言されてますが、
チャップリンのペーソスというか、
笑わせて、泣かせる・・・というのが、本質なような気がします。
ドライじゃない。湿ってる・・・そんな感じなんじゃないですか。

週刊誌のスピードに合わせて、エスカレートしていくうちに、
そういうのはどんどんなくなった。

ギャグ漫画のライバルが、
初めは、山根兄弟、藤子不二雄、森田拳次あたりだったのに、
永井豪とかジョージ秋山が出て来て、
谷岡ヤスジがドカーンと来て、しばらくおいて、山上たつひこと、
どんどん過激に、ドライになっていったので、
そういうのを向こうに回して戦うためにも
変わらざるを得なかったんじゃないですか。負けるのが嫌だったら。

「人気なんかどうでもいい」
「どこかマイナーなとこでも、仕事があればいい」
「書きたいものが書ければ、ぜいたくはいいません」
赤塚先生が、そういうスタンスの人なら、
ずっとチャップリン路線のままだったかもしれませんね。

漫画がどんどん変わるのは、
世の中に合わせて、人気が取れるよう変わる・・・という
サービスの一環で、
「作品世界をきちんと守る」なんてことは、
どの漫画家もあんまり考えていなかったと思いますよ。
漫画なんか、元々ロクなもんじゃないから。

「作品世界を守る」とか「作品がぶれない」とかに、すごくこだわるのは、
「世界観こそすべて」とか言うSFマニアくらいなもので、
たいていは「ウケればよい」「ウケないと切られる。なんとかしなくちゃ」
という、シンプルな考えだったと思います。
「ウケる」ということが、すごく難しいのですが。

また、こういう仕事は男芸者みたいなもんですから、刹那的というか。
まともな感覚が残ってると、だんだん自己嫌悪とか、
自虐とか、ウツとか、精神的にまずくなります。
で、お酒で逃げたり、暴力ふるったり、わざと無駄遣いして
自分をおいこんだり、女につぎ込んだり、変なことするんですよ。

変になりたくなかったら、テキトーなところで
上手に降りるしかない・・・というか。

ただ、SF系の人は、たいてい、頭がいいですから、
そんな感じにならないですね。見事なくらいだ。
文系人間とか、精神が労働者のままの先生は、たいてい変になるなあ。

うおりゃー------------------------------------------ 2008年04月05日 01:22

>N先生
>『キャスター』 あれは確か、喰始さんのシナリオです

ああ! なんかそんなんでした。
レッツラゴン派ですか。選集も、そういえば、覚えがあります。
「キャスター」は、あんまり好きになれない・・・というか、
ハッキリ言って、大嫌いでした。
回収さわぎになったときも、あんなつまんないの、
ちゃんと読んでるヒトがいるのね・・・とか思ったくらいです。

劇作家のセンスと漫画家って、全然違うんでしょうね。
僕は、よくわかんないですが。ほとんど舞台とか、見ないから。

>超ナンセンスがいいと言い出したのは
 やるネタが無くなってしまってから

ああ、なんか、すごく納得します。
ヤケクソだったんですね。でも、本当に、面白かった。
あんなの、よく、編集部が許したと思います。
「人気があったから」の一言なんでしょうが。

N先生 ----------------------------------------------------2008年04月05日 08:45

当時は「3年でギャグのタイプが変わってしまう」
というような、激しい変転の時期でしたから。

まさにマンガ家は「消費された」時代。
ぼくらは、グループでしたので、
プロダクションが消えぬように、がんばった
とも言えます。

いまでも、読者が「70年代マンガは熱かった、面白かった」という
のは、そうしたマンガ家のエネルギーが、各誌から放出されたから
でしょうね。
みんな若かったし…。

うおりゃー------------------------------------------ 2008年04月05日 12:15

>N先生
>「3年でギャグのタイプが変わってしまう」

そんな感じでした。なんか、スゴかった。
「古い」の一言で、みんな淘汰されていきました。
自分なんかは「古いからって、全部悪いわけじゃないだろ」みたいな
コダワリがあったんですが、普通の読者は
ドライに消費するだけ。「あんまりだろ」とか思いましたもの。

漫画なんか、「子供のもの」で、どんどん卒業するのが
あたりまえの「とるにたらないモノ」だったはずなのに、
いつまでも卒業しないで、長年読んでるから、
「もう飽きた。コイツはいい。つぎのを見せろ」とかなるんですよね。
長年、くりかえし読んでたら、飽きるのは、決まってるんですが。
そういう部分は考えないで、「飽きた。古い。つぎ!」ですもの。
漫画家も、テレビの芸人と、まったく同じですね。
「作家」とか「創造」って、そういうものじゃないんだけど
・・・そんなことは
普通の人には、どうでもいいことなんですね。
「シェ〜! ニャロメ!  タリラリラ〜ン! 次はなんです?」
ホッカイローのケ〜コタ〜ン!・・・
「あんまり面白くない。もう駄目だな。赤塚は」

「古い」の一言で、どんどん新しいモノに乗り換えていったクセに、
いまごろになって、
「昭和はよかった。懐かしいあの漫画はいまどこに。読んでみたい」とか
シレッという、にこやかなオジサンなんかには
「何言ってんだ。馬鹿。お前が墓場に送り込んだんだろ。
胸に手を当てて、すこしは反省しろ」とか
言いたくなることがありますね。
言っても、わかんないだろうから、言いませんけれど。

「70年代マンガは熱かった、面白かった」という話を
たくさんの人が言い出すと、ちょっと、そんなことも思います。

今のギャグ漫画も、「変わる」というのは同じなんでしょうが、
ギャグ漫画じたいが、「目につくところ」に無くなっちゃったというか、
世の中に、相手にされてないから、
「変わっても、変わらなくても、どうってことはない」みたいな
感じですね。なに書いても、「どうせゴミだし」みたいな感じ。

>ぼくらは、グループでしたので、
>プロダクションが消えぬように、がんばった

そうですね。一人でやってたら、
「こんなことやってたら、駄目だな。廃人になる」とか
単純に「ついていけない」・・・と、なりますよね。
で、「ストーリー漫画家になって、たくさんページ貰ったほうがトクだな」
とか、いなくなる・・フェードアウトしていく。

才能豊かな何人かが寄ってたかって、「なんとかせねば!」だったから、
赤塚ブランド、 賞味期限の短い
ギャグなのに、奇跡の長期政権みたいな感じだったんでしょうね。
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by uorya_0hashi | 2008-06-04 16:33 | 漫画関連
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