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「マンガがすべてだった」

という、寺田ヒロオ先生のドキュメンタリーを
スカパーのヒストリーチャンネルで見ました。
で、そのことについて書いた、某SNS内日記の復刻公開版です。
書いたのは、2007年11月29日01:04
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「マンガがすべてだった」

どういう番組だったか・・・って、いうと。

寺田ヒロオは
トキワ荘の仲間の兄貴格だった。
いっぽうで、
「漫画で、こどもを良い方向に導きたい」という信念が非常に強い
作家だった。

そういう信念が、時流に合っていたとき(月刊誌時代、週刊誌の初期)は、
人気漫画家として、大活躍した。

だが、週刊誌の競争が激しくなり、テレビも世の中に普及すると、
漫画雑誌は、「もっと強い刺激を!」と
どんどんエスカレートしていく。

いっぽうで、昔の後輩たちが、大ヒットを飛ばすようになる。
「強い刺激を子供に与える漫画」で。

それに腹をたてたのか、寺田先生は筆を折り、
「ゆるやかな自殺」ともいえる、長い老後を生きていく。

と、いうような、寺田先生の半生を
漫画評論家の梶井純さんが、いろんな人に会って、
ときあかしていく・・・みたいな番組。
だいたい、言われてるとおり、想像したとおりの話。

90年に、鈴木伸一さんが撮った
寺田先生の家に、昔の仲間が押しかけて、パーティする・・・
ビデオも放送されてました。

もと少年サンデーの副編だった・・・名前忘れた・・・
おじいさんが出て来て、すごく貴重な証言。
「いつも寺田先生に説教されてました」
「寺田先生の言ってたことは、正しいと思う」

また、寺田先生、
トキワ荘の面々には「立派な兄貴」として接していたため、
自分の弱い面をさらけだすとことはできなかった・・・という。

それが出来たのは、
全然、寺田先生とタイプの違う、
「めくらのお市」の棚下照生先生だそうだ。
親友で、飲み仲間。いろいろぼやいて、弱さをさらけだしていたらしい。
この話は、はじめて聞いたような気がします。
知らなかった。すげえ意外。

棚下先生が、酒を飲みつつ、あぐらをかいて、ボツボツと思い出を語る。
「寺田は、自分の漫画の主人公みたいに
立派にふるまっていた。だから疲れるんだよ・・・」
「いっぺん、再起をかけて、スリラーを依頼されて、書いてた。
あの絵じゃ、もうムリなのに・・・。悩んで書いて、
結局、筆を折った」
・・・う〜ん。なんか凄いぞ。

藤子A先生。
「あれはね、緩慢な自殺なのかな。うん。でも、
そういう人生があってもいいと思うよ!」

ヒドイこと言ってるように聞こえるが、
さんざん、いろいろ気にかけて、いろいろあって、
もう他のメンバーも、ほとんど死んじゃってるという状況で・・
ソコで出てくる、達感して、投げ捨てるような言い方。

凄みがあるなあ。
誤解を恐れない。綺麗ごとなんか、言ってもしょうがない・・・
という感じ。なかなか凄い。A先生、大好きです!

1時間番組ですからね。けっこう丁寧でした。


思うのは、寺田先生。
漫画は、どこまでもエスカレートしていくだけだったんですから、
ソコから降りて、
もういっぺん、「絵本」のほうから
「漫画的なもの」にアプローチするというテは
考えなかったのでしょうか。やなせたかし先生みたいに。
馬場のぼる先生とかも、やってたし。

あるいは「学習漫画」とか。
寺田ヒロオの「金太郎が教える野球教室」とか、
面白そうだし、役にたちそうだし。
子供も喜ぶし、「子供を正しく導く」姿勢そのもののような。
スポーツ全般、学習漫画任せられそうだ。
動く体を、簡潔に書くのがうまい先生なわけなんだから。

学習漫画やっていれば、
内山安二先生なみには売れたでしょう。俺は読みたいぞ。
絵柄なんか、古くさいくらいで、ちょうどいい世界だしな。

教育的・・・というか
児童文学的なモノは、70年代すぎると、
漫画周辺では、そういうトコロにしか残ってなかったような。

そういうマトモなアドバイスをする仲間が
いなかったのかなあ。友達関係せまくて。
版元とのチャンネルも自分のほうから閉じたみたいだし。
頑固すぎる。
そんなの、昔の仲間に「誰か紹介して」で、すんだだろうし。
悪魔に魂を売るとでも、思ったのかしら。

長いものには巻かれろ・・・・せめて、巻かれたふりをしろ。
そこまでいかなくても、巻かれるくらいの間合いには立ったら?
人間、かわいげが必要よ・・・・という、コトワザもあるんだけどな。

とにかく、ガンコで真面目すぎる漫画家はイカンな。
ほっとくと、どんどん内向して、
世間から、何光年も離れてしまう。

そんなふうなことを考えてしまいました。

僕、立派な人間じゃないから。

そういえば、
寺田先生の漫画って、いまや、ほとんど読めないような。
いかんな!
マンガショップ復刻版で出さないのかな?

Rさん------------------------------------------------------2007年11月29日 01:15

>もとサンデーの副編だった
確か、高柳さんだったような。

なんというか、真面目すぎるがゆえに
結果として自分の首を絞めてしまった、という感じですよね。
少し下の連中に「兄」として慕われ、彼らを育てあげた結果、
自分の居場所を奪われてしまった。
本当に一言では言い表せない、複雑な心境だったのでは
無いかなあ、と思います。

うおりゃー---------------------------------------------2007年11月29日 01:54

>Rさん

うん。そういうのは、深い部分の感情としてはあるだろうね。
ただ、「人と比べてうんたら」というのは、
言ってると、頭がおかしくなるのが漫画の世界なので、
あんまり考えないのが普通なんじゃないかな。
「育て上げて」とも、思わないだろうし。
そういう恩着せがましいタイプじゃないんじゃないかな。
スポーツマンだもの。

寺田先生にとっては、「自分の居場所を奪われた」とかいう
コトよりも、
「信じてた漫画が変質していった」コトが許せなかったことが
大きいんじゃないの?

尊敬してた、手塚先生まで、
「人気、人気!」で、「前に言ってたこと」と
平気で矛盾したんだろうし。
アニメなんかこさえて、借金作ったから、とにかく稼がなくちゃ
いけなくて、「受けなきゃしようがないだろ!」って
なったんだろうけどさ。手塚先生は。矛盾の固まりというか。

トキワ荘の、寺田先生の後輩たちは、
田舎から出て来て、ビンボーな時期があり、
「食えねー!」つうハングリーなとこが
根本にあるから、ビッグになるためなら、
基本的に「なんでもあり」なんだよね。
今の時代なら、ハヤリのキャラでエロ同人誌作って、コミケで売って、
生活費かせぐようなタイプでしょう。
(ヒドい言い方だな。でも悪気はないんですヨ!)

でも、寺田先生は、もともとちゃんとした勤め人で、
お金がある程度あって、
漫画家という職業を、「信念で選択した」、まともな人物。
「食えねー!」つうのが、ないの。
こういうヒトは「なんでもありが許せない」。
ましてやスポーツマン。ルール無用の悪党は許せない。

その違いが大きいような。

漫画家で、大成すんのは、ハングリーで、
あんまり頭が良過ぎなくて、版元に従順で、
恥も外聞もなく「なんでもあり」が平気なタイプだよね。
ファンとして会ってみると、
思ってたのと違って、そのギャツプに驚くというような、そんな漫画家。

ただ、こういうのは「信念」がないから、
わりとあっさり「撤退」もするのヨ。
あんまり考えてないから、まわりに影響されて フラフラするし。

いっぽう
「信念」もったガンコなタイプは、まわりに毒をまき散らしながら、
かなりシブトク生き残る。かなり、イヤなタイプ。会ってみると紳士。
こういうのが多いね。

寺田先生は、後者のタイプのハズなんだけど、
わりと、苦労しないで、
最初の馬鹿当たりをつかんだから、
プライドも高くなっちゃった。
だから、学習漫画とか、やらなかったのかな。

とにかく、寺田先生みたいに、
編集者にマジメに説教するようでは、仕事なくなりますよ。
売れてれば、向こうはなんでも言う事聞くけど。
売れないのに説教したら、仕事なくなる。
すげえ、やな世界ですから。漫画界は、芸能界に近くて。

そんだけの話なような気もしますね。


Pさん-------------------------------------------------2007年11月29日 02:54

 寺田先生。S40年代の少年サンデーに、
漫画家が主人公の自伝的な漫画を描いてらしような…
何てタイトルだったか。 しかし、今買える本が全然無いですね。

 あんまり関係ないですけど、トキワ荘の話で登場する永田竹丸先生。
市でやってたマンガ教室(カルチャークラブですね)の講師に来て。
 うちの兄が、先生の描く学習漫画の手伝いに呼ばれ、
そのバイト代でビデオデッキを買いました。 
20年以上前の話。 

うおりゃー------------------------------------------2007年11月29日 22:37

>Pさん

エ? 君の兄さんの話・・・・・。

へええ! 永田竹丸先生って、F先生の絵を
もっとカタイ感じにしたような、カキッと言う感じのキャラ書く先生だよね。
漫画は、なんかの学習漫画しか読んだ事ないけど。
あの先生のアシスタント?

お兄さんが、実は漫画書く人だったというのは、初めて聞きました。
兄弟そろって、そういう系統なんだね。へえええ。


K-1さん----------------------------------------------2007年11月29日 03:01

以前の放送で見た記憶でコメ書きますと
棚下先生が和服姿で粋人と言う感じでしたね〜。
トキワ荘とはまた別の漫画の世界ですね。

寺田先生の場合、基本的に戦後以前に倫理観か出来上がっていて
かといって手塚先生の様なモダンボーイでもなく
しかも週刊誌時代に入ってから昭和40年代に入ったあたりの
漫画の変わり方はとんでもないペースだったので
(あの時代は音楽も映画も、紀元前と紀元後みたいな急激な変化をしてますよね)
あまりにギャップが激しくなってしまったのだろうか…と言う感じもします。
自分の世代でも、40年代前半に学年誌に載っていた「金太郎」系の何かを
読んだ記憶がうっすら有りますね。

パーティが終わってトキワ荘メンバーに手を振って分かれて
次の日に奥さんから「寺田はみなさんとはもう二度と会わないと…」
と電話がかかって来るくだりは、なんとも…。

やなせたかし氏の場合は広告、作詞など元々マルチな土俵の有る人で
「漫画」がすべてではなかったから…と言うのも有りますかね。

「Drスランプ」がブレイクした時に漫画をやめる決意をしたみたいな
話を読んだ気もしますが、どうだったかな。記憶違いかな。
アンパンマンのアニメの予想を遙かに超えるヒットが無かったから
今の様な復活があったかどうか…ですしね〜。

うおりゃー-----------------------------------------------2007年11月29日 22:37

>K−1さん

>パーティが終わってトキワ荘メンバーに手を振って分かれて
>次の日に奥さんから「寺田はみなさんとはもう二度と会わないと…」
>と電話がかかって来るくだり

あれは、なんなんでしょうね。
言われたほうは、頭にくるよなあ。
「怒らせよう」と思って、そんなこと言わせたのかな。
そのタイミングで、そう言えば
「絶交確定だ! 二度と接触してこないだろ」ということで。

とにかく、言われたほうは、たまんないよね。
励ましに行って、あくる日にそれじゃあなあ。
「頭、へんなのかな?」って、普通は思ってしまう。


>アンパンマンの、アニメの予想を遙かに超えるヒットが、無かったら
>今の様な復活があったかどうか

あ、アニメ人気で、アンパンマンって、子供に定着したってこと?
そこらへんは、よく知らないんだよ。僕。ごめん。

とにかく、「子供のための漫画」ってのは、
70とか80年代より後は、絵本のまわり(児童書とか)か、学習漫画しか
なくなっちゃったから、
寺田先生が「子供のためになる漫画」というのに、こだわるのなら、
そっちで チャレンジするのがよかったんじゃないの?
・・・・・って、だけの話なんですよ。

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by uorya_0hashi | 2008-02-15 17:33 | 漫画関連

ジャッキー・チェン

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某SNSで
「ジャッキー・チェンは1990年以降、日本でさほど人気がなくなったのは、
なぜか!?」という話題が出て、そこに書き込んだ文章です。

あいかわらず、さりげなく短い文章が、書けなくてダラダラしたものに
なってますが、「自分なりの考え」が出てると思ったので、
アップしておきます。

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2007年11月21日 12:06

昔のジャッキーの映画ほど、
カメラアングルやカット割りが原始的でした。

分かりやすいのは、蛇拳、酔拳なんかですが、
野原みたいなとこで、延々とカンフーをやる。
それを真横から、あんまり工夫しないで撮影している。

ああいう撮り方は、観客にとっては、
舞台で、軽業師がトンボ返りしてるのを見てるようなもので、
「うわ、なんだよ、あいつ、身が軽いなあ。人間じゃないみたいだ」
と、素朴に、驚かせる・・・そういう見せ方でした。

ジャッキーはもともと、体技は抜群なので、
ああいう撮り方のほうが、観客は「ごまかしなし」に感じて、
「すごい!」となったんです。

要するに、ロングショットの長回しで、
本当にすごいアクションを、ごまかさないで、普通に撮る。

このやりかたを、カンフーだけでなく、いろんなアクション、スタントに
導入したのが、プロジェクトA、香港国際警察とか
あのあたりの時代ですね。
プロジェクトAで、時計塔から、ごまかしなしで、そのまんま落ちるとか
ああいうやつです。
でも、このころから、「ダラダラロングショットが続くだけでは、
あまりに原始的で、観客も退屈する」ということで、
クローズアップをインサートしたり、
わりと「普通の映画」みたいになってきました。

で、その後、ジャッキーも体力的に衰えたのと、
映画の撮り方が、進歩したのと、両方あわさって、
こまかいカットをつないで、アクションの流れを見せていく
ハリウッド的な、撮り方になってきた。

こまかいカットを畳み掛けるというのは、
アクションを分割して、途中でスタントマンに入れ替わったり・・・
CGになったり・・・という、今の普通のアクション映画の撮り方です。
これは、アニメを見ているような感じで、
超絶アクションに感じるんですが、作り物くさくなります。
アクションなんか出来ないアイドルが、こういう撮り方だと、
すごく動いてるように感じます。
ですが、いっぽうで、「本当に凄い事やってるのはスタントマン」というのは、
観客にちゃんと伝わりますから、
危ない事やってるように撮っていても、あんまりハラハラしない。

ジャッキーは、本来、従来のように、本当に身体を貼って、
原始的な撮り方の映画を撮りたいのでしょうが、
アメリカに行くと、「保険の問題」とかがあって、
「スターが危険なことをやってはいけない」ということで、
不本意ながら、「本当にジャッキーが危険なことをする」というのは、
ラッシュアワーの1以降、どんどん少なくなったようです。

と、いうことで、極端に言えば、
アメリカ映画のジャッキーは、キアヌ・リーブスとあんまり変わらない。

ここらが不満で、ジャッキーは香港に帰りたかったんですね。
「本当に凄い事やってるんだから、そういう風に見せたい。
アイドルのアクション映画と同じようにされちゃ、たまらん」
つう、ことでしょう。

ただ、香港に戻っても、もう、ジャッキーは、昔のようには、動けないでしょうし、
観客のほうも、進化してますから、昔ふうの「ダラダラ映画の撮り方」では
許さないでしょう。
だから、
若い役者を教育するとか、福星の世代の映画の良いところを、
現場に継承させるとか、そういうふうになっていくんでしょうね。

90年以降のジャッキー映画は、映画としては「進化」したんですが、
かわりに、原始的な、舞台芸っぽい「見世物」の側面がヒッこんだので、
「見世物」の部分に魅了された、アンちゃんたちが離れたんじゃないでしょうか。
「すげえぜ! ジャッキー、命かけてるよ!」つう印象が
だんだん薄くなってきた。

毎回、命かけて、凄い事やってるのに、「撮り方」が進化したから、
「見世物」に見えなくなったということです。
なんかそんな感じがしてます。自分としては。

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↓ウチの、地元のハードオフで買った、ジャッキーのDVDボックス。
中国の「ゾーク・カルチャー」製。日本語字幕なし。非スクイーズ。
画質はまとも。
なぜか、ジャッキーに関係ない、ジョニー・トーの「PTU」がオマケについて、
なんと「10枚組」! 10枚入って、値段は2000円でした! 激安!
ジャンク扱いでした。まあ、字幕がないから、ほとんど見ないよね。
それでも、ピクチャーディスクは、見てて、楽しいです。
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by uorya_0hashi | 2008-02-03 20:41 | 映画関連